大和ごころ
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第4章【最終話】⑳ [「うたかたごころ」第4章]

「うたかたごころ」を初めてお読みになる方は、必ず(はじめに)をお読み下さい。

<第4章⑳の登場人物>
 吉川愛子(よしかわ あいこ)♀…25歳。主人公。Japan Air の客室乗務員。
                    かつては安芸吉川(きっかわ)の姫。
                    幼少の頃に毛利元就の友だった
 真田幸村♂…23歳。愛子の秘密を知らないまま、愛子を守ると決断。
         しかし、毛利と離縁した舞姫と、政略結婚を提案される
 猿飛佐助♂…29歳。真田幸村に仕える上忍
 前田慶次♂…26歳。愛子の幼馴染。愛子と交際していたが破局。
         フリーター。今は島津の喫茶店で働いている
         ※髪型は後ろでひとつに縛っているが、肩にかかる程度の長さ
 長曾我部元親♂…28歳。8年前に元服し、家督を継いで国主に。
            孫市の昔馴染みであり、政宗とも交友関係にある       
 伊達政宗♂…25歳。元親から愛子のことを頼まれ、西軍から守ることに。
         佐助の話と、本人との会話から、愛子の秘密に気付いた
 毛利元就♂…29歳。幼い頃、初恋の相手の愛子と結婚の約束をしていた。 
         死んだと思っていた愛子と、20年ぶりの再会を果たす
 石田三成♂…西軍の豊臣大将。豊臣秀吉の後継者
 戸隠(とがくし)かすが♀…25歳。Japan Air の地上係員で、愛子の同期
 片倉小十郎…Japan Airの名パイロット。愛子との乗務経験がある

 


 午前10時。仕事や店の設備をざっと説明された武将達は、開店直後の閑散とした時間を利用して、客と店員を入れ替わりながら、接客の練習やメニューの確認などをしていた。
「佐助、コーラを頼め」
「ねぇ、大将。客が自分の頼みたい品の選択肢がないって、どういうことなの?」
 どうやら、このシュワシュワいっているのが何なのか、非常に気になっているらしい。
 幸村曰く、利家の家で風呂上りに愛子がこれ出され、懐かしい、と言って突然泣き出したという。思わず涙するほどの美味さらしい、と話す主に、いや違うでしょ、と突っ込みつつ、佐助もその黒い液体をしげしげと眺める。珈琲と違い、ミルクは入れないらしい。
「甘いね、結構。醤油みたいな塩っ辛い物を想像してたけど、香り通りの味って感じ」
 店で出すぐらいだから毒は無いだろうと、コーラを口に含んだ佐助は、ワインの試飲の如く、舌で転がすようにしてコーラの正体を探った。小さな針が舌に刺さるような刺激に、最初は少し不快を感じるも、慣れてくるとそれが爽快感へと変わっていくから不思議だ。
「甘い? 今朝がた頂いたコーヒーなる物とは違うのか。俺はてっきり苦いのかと……」
「全然違うね。苦味は……まぁ全く無くもないけど、この程度だったら感じない人のほうが多いと思うよ。それにコーヒーは香りを楽しむ物らしいけど、こっちはどっちかというと刺激を味わう感じだし。ただ何ていうか……薬っぽい味がするのが気にはなるかな」
 佐助の感想を聞いていた慶次は、彼のその舌と鼻の繊細さに感動する。
「佐助さん、料理人に化けることもあるって言ってたけど、いやぁ流石だねぇ。俺全然そんな風に味わったことないよ。秀(ひで)くんも佐助さんなら、納得してくれそうだね」
 そう言ってちらりと厨房のほうを見やる慶次に、元親が、納得って? と尋ねる。
「秀くんってさ、普段は結構臆病なところがあるけど、こと料理となると怖い物知らずというか、いい腕の料理人がいるって聞くと多少敷居の高い店とかでも、平気で食べに行っちゃったりするんだよ。食材も妥協しないし。この前なんて食に関する意見の不一致というか、向き合い方が気に入らないとかで、ひとりバイトさん辞めさせちゃったしね」
 人と対立して従業員を店から追い出す小早川秀秋。慶次の話す彼の話が、あまりにも元の彼の印象とかけ離れていて、武将達は思わずぽかんとなった。
「な……何という職人魂。感服致しましたぞ。なれど……いささか不安でござるな」
 利家の家で料理をしていた際、極貧経験のあるはずの元就に、お前の作る物は耐え難い、と言われた幸村。下手をやらかせば、秀秋に店の出入りを禁止される可能性は充分にある。
「あ、それは大丈夫だよ。前、誕生日祝いのケーキを作ってる時に、愛ちゃんがチョコレートを爆発させたんだけど、秀くん、一生懸命やった失敗だし、って怒らなかったから」
「…………」
 料理を爆発させた。その慶次の言葉に、武将一同は絶句する。
「よかったね、大将。あんたよりひどいのがいてさ」
「どんなcrazyな調理してんだ、アイツ。ま、partyの最中に爆発しなかっただけマシか」
「愛子め……裁縫のみならず、料理もそんな調子とは。全く……我が一から叩き直さねば」
 呆気にとられる佐助や政宗と、こめかみを激しく押さえる元就に、慶次は笑った。
「いやぁでも、少しくらい弱点があるほうが愛嬌があっていいじゃない。女の子らしいことは苦手でも世界を飛び回るCAさんだよ? 愛ちゃんが制服着てこの辺歩いたら、多分ちょっとした騒ぎになるって。仕事に対する責任感の強さとかは、秀くんも凄く認めてるし。まぁ世界の料理情報も持って帰って来るから、そこが助かってるのかもだけどさ」
 制服、といえば政宗の兵にとっては黒の、幸村の兵には赤の甲冑を纏うに等しい物と聞く。それに、愛子の聡明さに関しては、これまで行動を共にしている武将達は勿論、三成も島津の出店の際の話や、昨夜彼女の家で交わした言葉の端々から、既に感じ取っている。
「そういえば、愛ちゃんって今日は飛ぶんだっけ?」
 慶次の独り言に、今朝愛子を見送ってから家を出てきた三成が、ため息混じりに答える。
「今日の夕刻から二泊四日でアメリカという大陸へ行くと言っていた。全く、初対面の私に鍵や財布を預けていった挙句に、いきなり四日も私に家を押し付けるなど……」
 あの女は頭がおかしいのではないか、と不満を言う彼は今朝、大量のタッパウェアと、衣食代と書いた5万円入りの封筒を持って、不貞腐れたように店にやって来た。その話に、あの石田三成を鍵っ子にするって愛ちゃんって、と慶次も流石に苦笑いせざるを得ない。
「四日で大陸を往復するのでござるか! ん? 二泊四日とは……三泊の間違いでは」
「帰りは一日、日輪に沿うよう飛ぶと言っていた。己らが地に下りるまで夜には会わぬと」
「何と! 夜とは地上にいる者のみに訪れるのでござるのか! 流石、天女の勤めは……」
「大将……何でも早合点する癖、そろそろ何とかしようよ。あんな変な天女いないから」
「猿飛。貴様、世話になる愛子に向かって変とは何ぞ! 貴様こそ、その性根を改めよ!」
「そうだよ! 愛ちゃんの仕事って、店員みたいに誰でもなれるものじゃないんだよ? あのかすがちゃんだってなれなかったんだから。働いてるところ見たら、皆見直すよ!」
 その慶次の言葉に、乱れに乱れた武将達の喋り合戦が、水を打ったように鎮まる。
 揃って視線を投げられた慶次は、え? 何? まさか……と後ずさりした。

「だからって何でいきなり全員連れてきたんだ!」
 羽田空港出発ロビー。近くにいた修学旅行生とビジネスマンからチラりと見られ、かすがは慌てて声を抑える。だが慶次と、そばの椅子に腰掛ける武将達を睨むのは止めない。
「いいか? まだこちらの世界のことを何も分かってない人間を連れ回していることが、どんなに危険なことかお前は分かっているのか! もし職質されたらどうするんだ!」
 グランドスタッフの制服に身を包み、スタッフカードを付けるかすがを、物珍しそうに眺める幸村と佐助に、じろじろ見るな! と叱り飛ばしながら慶次の胸に指を突きつける。
「そ、そんなに怒らないでよ、かすがちゃん! 遠目に愛ちゃんの姿と飛行機見たら……」
「愛子は半年ぶりの仕事のうえに、初めての国際線で緊張している! 冷やかすなら帰れ」
「だから、冷やかしじゃないってば! 愛ちゃんとかすがちゃんの仕事がどんなものか、この人達はほとんど想像ができないから、百聞は一見にしかず……」
「分かりました、すぐ行きます」
 無線で上司からの連絡が入ったのか、イヤホンに意識を集中して慶次の返事を遮ったかすがは、すぐに彼らに向き直り、腕時計を見てため息をついた。
「今日早番でよかった……私はもう少しで上がりだ。それまでここでおとなしくしていろ」
 絶対に誰かに話しかけたり、動き回ったりするな、そう念を押したかすがは、同じ制服に身を包んだ若い女性がいる場所へと、小走りで向かって行った。静観していた元親は、
「別嬪さんだが、すげぇ気が短ぇのが玉に瑕(きず)だな。おっかねぇったらねぇぜ」
 苦笑しながらその背を見送る。だよね、俺もよく叩かれるし、と慶次も苦笑いしながら、
「でも、愛ちゃんて確か夕方の便って言ってたよね。ここにいれば、運がよければ通るかもしれない。出発前のCAさんだから、流石に話しかけるのは無理だと思うけど……」
 と、辺りを見回した。先ほどから、別会社の制服を纏ったCAを数名見かけているので、愛子もここを通る可能性は充分にある。だが、制服だからこそ、見落とす可能性もあるが。
「話しかけられねぇって、そんなHigh classな役職に就いてんのか。そいつは恐れ入った」
 片眉を上げて肩を竦める政宗に、いや、そうじゃないけど、と慶次は笑う。
「暗黙の了解っていうか、お客さん達がCAさんに甘えていいのは、搭乗中だけっていうか」
「甘える……だと?」
 別の意味に受け取った元就に、いや、そうじゃなくて、と慶次が慌てて弁解していると、
「あ、Japan AirのCAさん達だ! ほら、早く写真、写真」
 通り過ぎるCAが珍しいのか、先ほどからやたらとカメラを向けていた、修学旅行の少年少女達が急にはしゃぎ始め、慶次達はそれに釣られるように、視線を同じほうへと向けた。
「あ、いる! 愛ちゃんだ!」
 黒を基調としたスーツをカッチリと着こなし、髪をひとつに結って、きりりと表情を引き締めた愛子が、小ぶりのキャリーケースを転がして、ヒールをコツコツと鳴らしている。顎を引き、真っ直ぐと前方を見つめながら、ぴんと背を伸ばして颯爽と歩く様は、武将の彼らからしてみたら、何にも例えようのない高貴な姿だった。強いて言えば、武家のおなごのような気迫に、公家のおなごのような華やかさ。なれど、きびきびとした動きは女中のようで、だが洗練されているが故に、近寄りがたいまでのやんごとなき品がある。
「やっぱ日本のCAさんって何か迫力が違うよね。誇り高いイメージ。高給取りっぽいし」
 カメラを構えたままため息をつく子供達が、通り過ぎていく愛子達をうっとりと眺める。
 そんな憧憬と羨望の眼差しを向ける修学旅行生達を、慶次達は微笑ましく思った。
「後の世を継いでく若ぇ奴らから見て、愛子ってのは憧れなんだな。たいしたもんだぜ」
 昼寝の時刻に厳島でぐずっていたあの愛子が、と右目を細める元親。元就も、彼の言葉に思わず幼き日々を思い出し、もはや戦に明け暮れる己の城で、共に暮らすことは叶うまい、と寂しげにその背を見送る。幸村に至っては、気圧されたように呆けており、そんな主の姿に佐助も、やれやれ、と苦笑した。とはいえ佐助自身も、やっとあいつの本当の姿を見ることができた、と彼女の姿に眩しさを覚えて微笑する。ところが、
「こ……」
 背後で突然、政宗が声を詰まらせた気配がした。何事かと振り返れば、かつて見たことがないほど、身を硬くして立ち尽くしている独眼竜の姿。瞬きすらも忘れたかのように、がっと見開かれた彼の左目が、いったい何に吸い付いているのかと、その視線を辿る。
「っ!」
 慶次を除く武将全員が、一瞬にして驚愕を露にした。
「ど、どうしたのさ、皆して……あれ? 愛ちゃんの会社の機長さんじゃん。知り合い?」
 まさか知り合いなんているわけはない、と半ばからかうように尋ねた慶次だったが、まるで全員が、金縛りにでもあったかのように反応を示さない。そのうちに、政宗が、
「あれは……」
 と呼吸を荒げながら、そのJapan Airのパイロットの男を見つめ、声を絞り出した。
「あれは……アイツは、俺の右目だ」

 片倉小十郎。戦国においては独眼竜・伊達政宗の右目右腕として、その名を轟かせた武士(もののふ)のひとり。だが現在はJapan Airの名パイロットとして、空を飛んでいた。
「片倉機長? 腕も顔もいい独身パイロットとして有名だ。彼の機内アナウンスが始まると、CAは仕事中にも関わらず、思わずため息をつくと、愛子も頬を染めて言っていた」
 恐らく愛子が乗る便と同じだという片倉の機を見に、一同は退勤したかすがの案内で展望デッキに来た。3月の海風は、長く当たっていると芯から冷える。だが、寒がる慶次とかすがをよそに、武将達は愛子達が既に乗り込んでいる、最新型ボーイングを眺めていた。
「愛子と小十郎は知り合いなのか? アイツ……俺にはそんなことひと言も……」
「竜の旦那。何の因果か分からないけど、愛子は転生後の姿を知ってる人物には、向こうで会ってなかったよ。かすがとか、風来坊とかさ。片倉の旦那もそうだったよね、確か」
 未だに僅かな動揺を見せる政宗に、佐助がさらりと諭す。戦国に愛子がいる期間、佐助は主である幸村よりも政宗と過ごすことのほうが多かった。だが、愛子と伊達本陣との引き合わせに失敗したこともあり、愛子といる期間、佐助は小十郎と顔を合わせていない。
 指摘されて、そういえば、と政宗も愛子との会話で小十郎の話題が出なかったことに気付く。確かに、己の家臣があの操縦士の前世であることを、彼女が知り得ないのは当然だ。
「Ha……俺自身、四ヶ月前に奥州を出てから、小十郎には会ってねぇ。それがまさか……」
「か、片倉殿!」
 これまで人の言葉を遮ったことがない幸村の声が、突如政宗を飛び越えた。振り返ると、
「こ……小十郎!」
 愛子が乗り込んだ機体にいるはずの片倉小十郎が、幸村と政宗の声に気付き眉を寄せた。
「か、片倉機長。今日はロス行きの便に乗られるのでは……」
「……いえ……失礼ですが、あなたは?」
「あ、すみません。Japan Airグランドの戸隠と申します。CAの吉川愛子さんは友人です」
「あぁ、吉川さん……国内線で何度かご一緒しました。そうですか、彼女の」
 親しげに彼女の名を呼ぶ小十郎は、戦国での彼からは想像もつかないほど、口調も表情も柔らかかった。慣れぬ者は目も合わせられないほどの強面だった彼の名残は、無い。
 それがより一層、政宗の胸にちくりと刺さった。この世の誰よりも己を知り、己が知る忠臣だった彼が、もはや別人であるという事実を突きつけるように、目の前に立っている。
「で、そちらの青年は?」
 以前の彼なら御仁、と呼んだであろう幸村達に向かって、小十郎は静かに目線を落とす。
「あ、愛子の……吉川さんの……親戚と友人でして」
 しどろもどろになりながら、まずお前が名乗れ、とかすがが慶次に目配せしていると、
「私は毛利……松寿(しょうじゅ)と申します。吉川さんとは、広島で」
 先に口を開いた元就が、口裏を合わせろ、と慶次に順番を返す。広島で、と言葉を切り、それでいて愛子が小十郎の前で、松寿兄さま、と呼んでも障りがないよう、余計なことを言わずに名乗る、彼の咄嗟の判断に、流石智将、とかすがと慶次は感心した。それに倣い、
「俺は長野佐助。こっちは真田源次郎で、戸隠と同郷です。後は皆、俺たちの友人で……」
 全員がわざわざ名乗る必要はないだろう、と佐助はさり気なく紹介を切る。ところが。
「なるほど。で……こちらは……」
 片倉が何故か、政宗に視線を移して続きを促した。名乗るつもりのなかった政宗は、何故三成や元親、慶次を無視して俺なんだ、と小十郎から視線を逸らす。
「失礼。私のフルネームをご存知のようでしたので、何処かでお会いしたかと思いまして」
 気のせいか、意地悪くも受け取れる小十郎の問いに、政宗は苦しげに口を開く。
 伊達さん、と政宗を呼ぶ愛子。彼女がそう呼ぶからには、そこを隠すことは出来ない。
「伊達……です」
 ぎりっと奥歯を噛み締める政宗を、幸村は痛々しそうに見つめる。
 かつて己の腹心だった小十郎に、他人として声をかけられ、己は年下として敬語で名乗らなければならない彼の苦しさ。流石のかすが達にもそれが分かり、慌てて話題を変えた。
「さ、先ほど吉川さんに続いて片倉機長が出てこられたのを、ロビーでお見かけしたものですから、てっきり機長もロス行きの便に乗務されるのかと思ってました」
 かすがが、金網越しに見える機体に視線を流して、小十郎の注意を政宗から逸らす。
「あぁ……実は今日、インチョンのほうへ飛ぶ予定でして、機内までは行ったんですがね」
「あ、そういえば、嵐で現地の滑走路が閉鎖されて、急遽欠航になってましたね」
 退勤直後に急に慌しくなった韓国線のカウンターのことを、かすがはふと思い出した。
「えぇ。今日は遅い時間にこちらも荒れると言っていましたから、私も早く帰ろうかと」
「そうですね。確かに風も強くなってきたし、じゃぁ私達もそろそろ……」
 丁度いい流れに、かすがが小十郎との話しを切り上げようとしたその時、愛子が乗った機体からボーディングブリッヂが外された。機体がプッシュバックされ、やがて係員の誘導に従って展望デッキと平行になると、機体の車輪とトーイングカーが切り離され、作業員が飛行機から離れていく。作業員の一礼を合図に、これまで機体から聞こえていた甲高い音とは全くちがう、腹に響くような低音と共に、エンジンが回ると同時に自走を始めた。
「吉川さん、よかったですね。嵐が来ると聞いた時は、どうなるかと思いましたが」
 滑走路に向かって行くボーイングを見送りながら、ふと小十郎が囁いた。
「彼女、今日から国際線でしたよね。あの機体はまだ数が少ないですから、あれに乗ってデビューできるのを、凄く楽しみにしていましたよ。無事に出発できて本当によかった」
 いや、吉川さんだけの話じゃないですけどね、と困ったように苦笑する小十郎に、政宗は思わず眉を寄せる。彼はどうやら、愛子には特別目をかけているらしい。竜とその右目の二人三脚を、何年も見てきた幸村と佐助は、まるで梵天丸を可愛いがるような小十郎の言葉に、政宗が激しい動揺を必死にひた隠しているのが、手にとるように分かった。
 やがて、飛行機が滑走路の末端に到着すると、東京湾の海ごとひび割るような轟音と共に機体が疾走を始める。これまで乗ったどの乗り物よりも速い速度で、一直線に滑走路を進み、丁度武将達の目の前に差し掛かった地点で、車輪が地面から離れ、機体が浮いた。
 既に何本もの機体が目の前を離発着しているのに、元親らはたまらず、おぉ、という歓声をあげる。やはり、自分の知り合いが目の前で飛び立つと、感動もひとしおだった。
「さて、無事に彼女も出発したので、私はこれで」
 まだ旋回している機体が見えているうちに、小十郎がかすが達に声をかけて一礼した。
 彼にとってはもう見慣れている光景のうえ、自身もパイロットだ。それ故に、愛子の乗った飛行機が、一番難しいポイントを無事通過したことが、彼には分かっているのだろう。さして興奮した様子もなく、機体をちらりと一瞥すると、小十郎はゆっくりと立ち去った。
「大丈夫かい? 独眼竜さん」
 労わるように慶次が政宗の背に問うと、彼はフっと笑って愛子の飛行機を目で追った。
「あぁ。あいつが……小十郎が未来に繋いだ命を、確認できたんだ。俺はLuckyな男だ」
 無理しちゃって、と口には出さなかったが、表情にそのからかいの色が出た佐助を、幸村が止めよと制す。だが佐助とて、小十郎が幸村を目にかけるのとはまた別の意味で、政宗の成長を見てきた。己の主の好敵手が弱る姿を心底喜ぶほど、愚昧(ぐまい)ではない。
「あぁ、その通りだぜ、独眼竜。よく言った。ところで、愛子の船ももう相当遠くへ行っちまったし、そろそろ戻らねぇか? 俺ぁ寒ぃのが、ちぃとばかし堪えるもんでよ」
 そう言って元親はぶるぶると身震いをする。おどけるように言いはしたが、顔色が悪いところを見ると、寒いのが辛いのは本当らしい。確かに彼の国より、ここは風が冷たい。
「じゃ、行きますか! 皆、店の初出勤日なのに、いきなり揃って抜けてきちゃったしさ」
 笑った慶次に頷いたかすがが、だいぶ冷えてしまった、とぼやきながら、そさくさと建物へと入っていく。そんな周りの気遣いに政宗が小さく、Thanks、と呟いた。が、背後で離陸した飛行機の音に、かき消されたそれを拾ったのは、上忍・佐助、ただひとりだった。

第4章-END-


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